患者さん向けのやさしい医療情報




    終末期延命医療



 人間は老いて死んでいく動物です。生物であるかぎり当然の宿命です。
 人間、いや生物すべて死は平等です。やすらかに、自然に、死を迎えたいものです。

 
「願わくば 花の下にて 春死なん その如月の望月の頃」
                                         (西行法師)


 最近の風潮として、天寿と思える高齢者でさえ、病院にいきさえすれば助かり回復するものと、誤解されている方が多いのではないでしょうか??
 90歳ちかいご老人が救急車で病院にかかり、入院させてもらったが、結局、肺炎で亡くなった。薬石の効なく死亡したのは、医師の手落ちであると訴えた例もありました。
これは、明らかに寿命でしょうし、寿命はどうにもなりません。そもそも入院される意味があったのでしょうか?
 昔なら、家庭で家族に看取られながら、安らかに息をひきとったことでしょう....... 寿命は、医師にどうすることもできません。医師は神様ではありません。


 
医療費のムダという意味では、終末期延命医療が一番でしょう。一生涯にかかる医療費の2割近くを最期の数ヶ月で費やすと言われています。
 
植物状態に近い患者を人工呼吸器につないだり、経管栄養で延命させることが幸せでしょうか? 超高齢者の透析医療も同様ではないでしょうか?

 
現在の法制度下では、救急で運び込まれた患者さん、目の前で倒れられた患者さんに対して、できる限りの医療を施さなければ、医師が罪に問われかねません。内心ではムダなことと思っていても、気管切開し、胃瘻を作り、人工呼吸器につなぐでしょう。
 高齢者であり慢性疾患のなれの果てであっても、透析を導入したり、人工呼吸器につないで延命処置を結果的に施すことになります。
 
医師自身を守る防衛医療的一面もありますが、医師としてとっさにとる本能的医療行為でもあります。

 
終末期救命医療について、真剣な議論もなされていません。延命医療現場の医療従事者や患者家族の負担は甚大です。時間が経つにつれて、経済的にも、肉体的にも、精神的にも、耐えられません。
 
情緒に流されず、理性的に議論をつくし、結論を得るべきです。法律を整備し、終末期延命医療のムダを排除するべきでしょう。

 
どうしても延命を希望される患者家族については、自己負担にしたらどうでしょうか?
 北欧高福祉国家では、経口摂取ができなければ、
自然に任せ、枯れるように死を迎えさせるそうです。昔は日本もそうでした。それが自然ではないでしょうか?

 昨今、在宅で死を迎えることは珍しく、病院で何本ものチューブをつながれて死を迎えることが 普通です。
 異常といえばじつに異常です。すべてムダと言えばそのとおりじつにムダです。


                                               2008.4.15初稿



    終末期医療のムダを後期高齢者制度で制限せよとは?
    救急医療の回避、よきサマリア人の法律
    ≪姨捨山医療制度≫2008年4月1日導入される
        ≪姥捨て山医療≫の本質:食べ物屋を例にして説明します
        ≪姥捨て医療≫への批判の嵐、低所得者ほど保険料負担は増大
        (マンガ)後期高齢者医療制度の撤廃を!
保険医協会パンフレットを転載
        外来主治医と後期高齢者医療制度
(2008年1月6日毎日新聞)
    ≪人頭払い≫と≪かかりつけ医≫ 
    医療費総枠拡大のための財源は?  
        道路特定財源   
        輸出企業への消費税戻し税(まるまる輸出補助金と同じでは?)
    日本の医療費は本当に高いの?
    医療崩壊をくいとめよ、年金問題より医師確保を





 
 ユリ:2004.07





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