斎藤リウマチ科内科整形外科


東京医科歯科大学28期生
 医学部歯学部合同同窓会


                           2010.8.1 東京ガーデンパレスにて

             現在の東京医科歯科大学(湯島地区)の全景(大学紹介誌TMDUより転載) 2010.7
  
                       

 我々の学年は、5年ごとに合同クラス会を開いてきました。私の場合、久しぶりの再会を楽しみにして単調な日々の診療を過ごしています。
 去る8月1日(日曜日)午後、大学の真向かい、本郷通りに面する東京ガーデンパレスにて28回生合同同窓会が開催されました。医学部36/80名、歯学部45/78名、合計81/158名もの多くが出席しました。

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 前夜はガーデンパレスに宿泊して、昔の剣道部仲間で親友の歯学部T君、M君と3人して、久しぶりに飲んで語って過ごしました。金沢で教授をしている医学部のM君は都合悪く一緒出来ませんでした。



  ********************** 30年ぶりの母校訪問 *******************

◆学内同級生教授たちの配慮
 当日午前中は、久しぶりに母校を訪れる我々のために、いろいろと気を遣ってくれていました。
 学生講義用の階段教室でしょう。まず最近の母校の紹介講演がありました。
 竣工なった地上26階建て医歯学総合大学院研究棟(M&Dタワー)の見学ツアーも組み込まれていました。500人規模の立派な大講堂(会議ホール)、超最新システムで管理された図書館、PC閲覧室(視聴覚講義室)、26階の展望室からの眺望.etc. 我々の学生時代には想像も出来なかった驚きの連続です。

 お茶の水地域湯島地域第一級のランドマークとして、あたりを睥睨する巨大な26階建てのM&Dタワー全体が研究棟・教育棟の一部であって、病室の一つも含まれていないことに更に驚かされました。

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母校のあまりの変貌ぶり発展ぶりを目の当たりにするにつけ、同級生皆々感慨深げでした。我々の学生当時と比較して、あまりに充実した最新設備学生教育カリキュラムの劇的な変化に唯々感嘆させられました。

 昨今本学は、卒業生のみならず、他大学からの卒後研修希望者、大学院入学希望者にとって、全国的に最も人気が高い大学院大学・大学病院と言われています。

 症例も少なく麻雀で暇をつぶしたM4のポリクリ、一般大学病院の例に漏れず働かない看護師のかわりに雑用に追われる先輩若手医師たち(いわゆる無給奴隷医たち)、昔の医科歯科大学を知る我々にとって不思議に思っていました。しかし、今回の説明を聞いて、なるほどこれならばさもありなんと納得した次第です。


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卒後研修医希望者毎年トップの理由
 
日本一好立地条件に恵まれ東大より敷居が低そうだからとか、真の医科歯科大学を知らないからだろう、などと医科歯科大OBでも誤解されている先生方がまだ多いそうである。

 ここ6〜7年で実現出来た改革なので、誤解されるのも無理からぬことではあるが、現在の医科歯科大学は昔のそれとは違う
 
ハーバードのシステムも取り入れ、屋根瓦方式の診療教育体制も徐々に構築しており、研修医のための寮も用意し、給料は勿論オンコール手当も付けている。
 薬の搬送は自走台車と看護助手がやり、看護師数も以前の倍近くおり採血・血管確保・静注などは原則看護師がやっている
 医学部付属病院の外来患者数は約2200人/日平均(歯学部附属病院の外来患者数は約1800人/日平均で、合計約4000人/日、研究/教育を主とする大学院大学とすればほぼ限界に近いという)救急車受け入れ数は東京で一番多いと言う。
 学生も戦力として診療チームに参加させ研修医と共に電子カルテに向っている
 
 これが現況だそうだ。


※大学院重点化大学(国内に10校しかない予算的裏付けのある大学)旧7帝大に、医科歯科大、東工大、一橋大の特科3大学を加えて出発した。その後近年の発展は特に著しいと言う。

 世界大学ランキングでは、総合大学が絶対有利であるにもかかわらず、旧帝大(総合大学)に互して 東工大は国内第3位、医科歯科大は国内第7位、北大や九大よりも上位にランクされている。
 医学部門に限れば、国内第4位とされ、論文引用数は東大を凌駕してアジア第一位となっている。
 卒前・卒後教育の改革度/充実度に比例するように関連病院の充実/連携も進んでいると言う

 また、医科歯科大、東工大、一橋大、東京外語大は、4大学連合を結び、学生・院生教育の相互交流や学術の共同研究も行っているという。出来ることなら可及的速やかに合併統合して、東大を凌駕するような強力な総合大学になって欲しいモノである。)http://www.tmd.ac.jp/outline/ranking/index.html

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「学生を大切にしない大学に愛校心は育たない」「教員が学生を信じなくて誰が学生を信じるのか」という思いで、≪プロジェクトセメスター≫(第4学年生時(M2)の後期5〜6ヶ月間に及ぶ自由選択学習研究期間であり、その間は講義や試験は一切なし)を提言したのは、最終的にリサーチマインドの医師を育てるという目標を本学が掲げる以上、必要不可欠な教育システムだからだそうだ。この期間を利用して海外の大学に短期留学する者もおり、研究室に入り浸る者もいるそうだ。
 現在では、学生たちの大多数から、母校の良いところは“教育が良い”ことと言ってくれるそうで、“教育熱心な教授もいる”から“教育熱心な大学”へと評価も変わりつつある、そうだ。


 (講義をさぼってばかりで超低空飛行を続けたまま、奇跡的に6年間一度も追試を受けることなく卒業出来ましたが、そんな私にとっては、高邁すぎる理想のようにも思われました。それはそれとして、我々の時代から異次元の大学へと生まれ変わっているような素晴らしい話でした。)



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 東京医科歯科大学は、英国の世界大学評価機関のクアクアレリ・シモンズ(QS)により2015年4月29日に発表された分野別QS世界大学ランキングの歯学分野で日本第1位、世界第6位の高評価を獲得しました。
 
医学分野でも日本第4位、世界第101-150位の高い評価を昨年度に引き続き維持しています。

                                
(東京医科歯科大学広報より)
 












(医科同窓会会報No.266学長報告(2015.1/30)より一部を転載しました)



(医科同窓会会報No.266同窓会長佐藤辰夫先生新年挨拶(2015.1/30)より一部を転載しました)

    


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◆昭和50年(1975年)当時の医科歯科大学
 我々が学んだ当時の貧相な建物群や迷路のように狭い曲がりくねった暗い病棟廊下、狭い講義室、バラック建ての部室や学生ロッカー室、粗末な生協や学生食堂など、全て取り壊され、巨大な高層ビル群に置き換わっています。当時の姿を留めるモノは、わずかに取り壊し中の旧研究棟(旧3号館)のみでした。


 昔の写真を探しました。昭和50年頃の全景写真です。まだ医学部も歯学部も建物群はすべて昔のままですね。
 生協と生協食堂、二階はロッカー室や部室:安かろう不味かろう汚かろう。傍にテニスコートもありました。
 生協前の通路、医学部付属病院の中庭、講義室や生協食堂の一部が見えています。
 昭和50年頃、御茶ノ水門を入って、医学部付属病院玄関と歯学部付属病院玄関とのアプローチ付近


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◆M&Dタワー見学ツアー

 幾組かに分けて、案内してくれました。
 2Fは500人規模の立派な大講堂(会議場)です。各席からも議論できるそうです。
 3F〜4Fは中二階構造の超近代的な図書館も素晴らしい。広々とした閲覧室に書架はほとんど見あたらず、書庫は地下にあり、自動検索機で運ばれくるのだそうです。ずらりと100台余り並んだパソコン閲覧室(視聴覚講義室)もありました。
 5F〜25Fは研究室などが入っているのでしょう。
 そして26Fの展望階へ案内されました。広々としたパーティにもってこいの豪華な内装で、360度ぐるりと東京を俯瞰できる素晴らしい眺望でした。ここからの夜景は魅惑的でしょう。


   2F大講堂(会議場):500人規模で各席から議論できる装置が備わっている。発表席(舞台)から座席通路にいる皆を見上げる

               
  3F〜4F:中二階構造の超近代的な図書館

 26階の展望ラウンジ:広々としてパーティにもってこいの豪華な内装で、360度ぐるりと東京を俯瞰できました。

    北方向に、本郷の東大キャンバス上野公園の森が望まれます

    北東方向、浅草方向を望む、新東京スカイツリー(建設中)も遠くに見えています

    南方向には、御茶ノ水学生街大学街、そして神田から皇居の緑渋谷方面が望まれます。



   ******************** 医歯合同クラス会 ***********************

我々28回生はなかなか優秀です
 
医学部は、2割強が教授(主任教授)になって全国に散らばっています。今回はそのうち8名が出席していました。また、本学には3人の現教授、1人の准教授が残っています。
 歯学部は、本学だけでも4人の現教授がおり、歯学部長、病院長、教育部長などの中枢を占めています。
(その後3年経ちました。本学には、医学部1人、歯学部2人がさらに増え、2013年現在、副学長2名、病院長などを含めて、同級生教授10人の多くが在任中とのことです。)


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 文部省と東京医科歯科大学とが組んで、医学部・歯学部の卒前教育改革がなされ、その後卒後教育改革もなされました。一連の大改革の基幹校として、中心となって全国の大学をリードして来たのもまさに彼らです。
 全国共同利用機関である医歯学教育システム研究センターは本学に設立され、全国の大学へ成果を提供しているそうです。


 ハーバード大学(米)やインペリアル・カレッジ(英)などと緊密に提携して、診療・教育・研究のレベルを格段に向上させたのもまた彼らでしょう。
 同級生君は、ノーベル賞やフィールズ賞受賞者を数多輩出している世界有数の理系研究機関、イギリスの超名門校である王立インペリアル・カレッジ医学部(麻酔学・救急救命分子生理学)の現主任教授です。


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「大いなる発展を遂げた現在の東京医科歯科大学を中心となって造り上げたのは間違いなく君達の学年だ」
 
来賓の医科同窓会長(元医学部長)佐藤達夫先生が挨拶の中で、えらく持ち上げておられました。
 お世辞はもちろんあるにせよ、あながちそれも間違いではないのでしょう。
 母校に残っている教授たちは皆々自信に満ち輝いていました。我々部外者にとっても、学外で活躍している連中たち共々彼らの活躍をとても誇りに思え、うれしい限りです。



  (上):来賓の佐藤同窓会長の挨拶を聞き入る面々   (中、下):幹事T君の学内報告を聞き入る面々

入り交じって歓談中の医学部歯学部同級生たち



◆我々の学年は確かに仲が良かった
 教養部(国府台牧場)時代の2年間、医学部・歯学部、混ぜこじゃに放牧された御蔭でしょう。医学部内、歯学部内、そのお互いの学部間でも、非常に仲が良かったし今でもいい。

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 学部に上がっても、やはり野放し状態でした。出席はとられず、それをいいことに講義出席率は劣悪で、時には広い講義室に受講生はたった数人のみでした。それでも国家試験合格率は常に全国最上位でしたし、定期試験を何とかクリア出来れば文句なしでした。しかし、ついに、そのあまりの酷さに他大学から講義に来られた先生が憤慨され、学長宛に公開詰問状(抗議文)を寄せられるという前代未聞の事件もありました。しかし、それもすぐに元の木阿弥でした、、

 それやこれやで、最低最悪の学年と学生時代言われ続けました。

ただ仲が良いのだけは取り柄で、助け合い励まし合い、最後は団体交渉、はては大芝居まで打って教授の同情を誘い、武士の情けもかなりいただいて、医学部80人全員揃ってなんとか卒業できました

 そんな劣等生集団の我々でしたが、なんと今や最高に優秀な学年言われているそうです。学生時代の評価なんて、いや〜っ!、判らないものです。
「講義をさぼってばかりいたお前やヤツが、何んで教授様なの?」そんな言葉が会場のあちこちで飛び交っていました。


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さっそく教授からお叱りを受けました。ひどいヤツも一部いたけれども、教授になった連中の多くはだいたい真面目に講義に出席していた、とのことです。多少表現の誇張があったかも知れません。 アルツハイマー型認知症もそろそろ始まろうかといった年齢に近づいていますし、なにせはるか遠い昔のことで記憶もあやふやです)


 (上):M3、講義室にて (中):上野公園での花見、Kさんが酔っぱらってドジョウすくいを踊りだしました  (下): お茶ノ水祭にて   

 (下):寮では度々鍋パーティ:満腹食堂のおばちゃんがだし汁を差入れてくれ徹夜でどんちゃん騒ぎ、私の部屋ですが、いったい何人いるのやら? この瞬間に15人ほどいますが、経時的に人は入れ替わっていますからね、特にこの晩の明け方の状況は悲惨でした。


我々は一期校二期校の時代でした、
 東大(理V)・京大(医)・医科歯科大(医)が、当時受験御三家と言われており、受験競争倍率は50数倍(実質30数倍)、全大学全学部で一番狭い門と言われていました。しかし、その多くが東大理Vを落ちて来た連中で、いくら言葉で否定したところで、気持ちの奥底には、屈折した劣等感を少なからず抱いていました。

全国各地から集まった個性に満ちた雑多な連中の寄せ集めでした。都立高も衰えたとはいえまだ強く、国立私立以外の純公立高出身者が70%近くを占めており、また東京圏4都県(東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県)の出身者に対して、それ以外からのお登り組が多数派でした。:その他に、沖縄国費留学生3名、タイ国費留学生1名でした。(合格発表時の医歯両学部の総計による)

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当時の医学部は、いわば東大の植民地でした。
 母校出身の教授は数えるほどで、ほとんどの教授は東大出身者でした(現在は母校出身者が大多数です)個々の教授たち(恩師たち)は、素晴らしい大先生が多かったのですが、所詮、東大教授になり損なったか、東大教授への踏み台にされたにすぎません。
 その後、教授戦に絡んで世間を騒がせた暗闘謀略が何度もくり返され、まさに独立戦争でした。
君たちに敷かれたレールは何もない、東大の連中はレールの上をただ走ればいい。しかし、君たちは東大卒連中の何倍も頑張らなければ結果的に彼らに太刀打ちできない」と学生時代から言われ続けました。
 そのような恵まれない境遇で育った我々から、東大出身連中に勝るとも劣らないほど多くの教授(主任教授)を輩出したのですから! いや〜! 驚きです。

(この学年に限れば、全国すべての大学医学部で、おそらく一番多く、圧倒的な教授数でしょう!?)


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逆に歯学部は、日本一、世界一と既に評価は確立していました。
 一期校の有名大学医学部を蹴って、敢えて二期校の医科歯科大学歯学部に入学してくる者もいました。


  (上):卒業式が終わって  (中左):大学主催の卒業慰労会で、武内重五郎先生と  (中右):国家試験が終わった直後に 
  (下左):謝恩会にて  (下右):謝恩会後の二次会は六本木のディスコで徹夜、学生生活・青春最後の日、翌日から旅立ちでした。


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自分自身の世界を確立し社会的責任を果たしてきた自信がにじみ出ているようでした。
 男性陣は、白髪も増え髪も薄くなり、中年太りのせいもあってでしょうか、貫禄も付いてきました。
 女性陣は、子育ても終わって、自分だけの時間がもてる余裕の年代になっているのでしょう、今回は特に女性陣の出席が際立っていました。医学部は8名中6名、歯学部は16名中8名が出席です。

同級生は実にいいものです地方にいて久しぶりに上京して皆に会うと、余計にそう思われます。現在の肩書きは何であれ、学生時代と少しも変わらず、俺・おまえのままです。
 卒業後初めて見る懐かしい顔もあり、久しぶりに見る顔もまたありでした。
 予定の2時間半、食べるのも忘れて、ひたすらしゃべり続けて、時間が過ぎていきました。

今回出席してはいませんが、話題に上って思い出しました。タイから国費留学生として来日し、6年間共に学び、外科を学んだ後に帰国して、現在はタイ王立癌センター総長を務めている君は、神戸大震災の折にはタイ医療チームを率いて救援に来てくれました。

 また当時は沖縄はまだ日本復帰前で、本土に上陸するには沖縄行政府発行のビザが必要でした。毎年数名の割り当て国費沖縄留学生の一人として入学し、共に学び、故郷に帰って開業し、30数年ぶりに沖縄宮古島から上京してきた君の締めの挨拶で、
 「クラスの皆に助けてもらって卒業できたことを忘れず、今まで頑張って来られた。その感謝の気持ちを先ず伝えたかった、ありがとう」の言葉がとても印象的でした。そして「とにかく次の5年間を生き延びてまた必ず会おうな」、と約束して、お開きになりました。


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   医学部36/80名が出席特に女性陣は6/8名が出席、皆さん夫婦円満なご様子、さすが心優しい才媛ばかりです。

   歯学部45/78名が出席。前回と変わって歯学部の出席率が良好です。女性陣も8/16名、皆さん昔と変わらず美しい。


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 大学校内から御茶ノ水門、地下鉄丸の内駅側から外堀通り、御茶ノ水、明大通りを眺める

 東京医科歯科大学付属病院(湯島地区)全景です。比較的最近の2012年頃、。


                     わが母校・東京医科歯科大学 
                     青春の思い出・御茶ノ水学生街
                     青春の想い出・神田神保町本の街



東京医科歯科大学、医科歯科大学同窓会、医科歯科大学医学部同窓会、医科歯科大学歯学部同窓会、医科歯科大学医学部歯学部合同同窓会、医学部同窓会、歯学部同窓会、第28期生同窓会、TMDU、M&Dタワー、TMDタワー、第28回生医学部歯学部合同クラス会、東京医科歯科大学第28回生医歯合同クラス会、、


                       斎藤リウマチ科内科整形外科




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