美都の自然美に映える秦記念館
生家と記念館が並び建つ秦博士生誕の郷
生家と記念館が並び建つ秦博士生誕の郷

 美濃郡美都町は「美都温泉」で名前を挙げた。いまでは、たいていの市町村に公営民営の温泉施設が見られるが、「美都温泉」温元館はその先駆けをしている。「ふるさと創生基金」の使途として、当時の町長の呼び掛けに応じた職員からの提案が元になった。その詳細は私の編著『石見と石見人』(京都修学社刊)にある。「みとうもない(見たくない、見ばえがしない)町」と云っていた町民の自嘲は、今はどうなっているのだろうか。とにかく、何事も、自己変革が大切なのだ。真に「美しい都」を志向して欲しいものである。
 1954年(昭和29年)
東仙道村、都茂村、二川村が合併して美都村に、更に3年後、美都町となる。町域の86%が山林。樹齢600年近い金谷城山桜や直径2.3mの若杉天然杉など大自然の生命の証となっている。養戸の滝がある双川峡や矢原川に近い養老の滝が加わり、町内どこででも大自然の豊かな表情が楽しめる。

 

「みと自然の森」などの人工施設もよいが、町の案内パンフに書かれているように、「自然のやさしさに包まれて、ゆったりと時間が流れてゆく。」ことが何よりの惠みなのだ。自己の主体性が問われる。益田側から仙道に入った所に四ツ山城跡がある。ここには形状が似た四つの山が並び立ち、中世の山城の面影を留めている。戦国時代、毛利氏と尼子氏が抗争し、益田氏、三隅氏が何度も交戦している。他に、丸茂城跡、板井川城跡などが残る。
 いま美都では、
地元民による自由市場が盛んである。『いただきます島根(島根の産直市場情報)』(1999年・ワン・ライン刊)を開くと、西石見で最多の四個所が紹介されている。新鮮市、ドニチ市場、ますなだ市場、いきいきふれあい市場である。中でも、四番目の市場は、老人クラブ連合会経営で、六十歳以上の約三十名の会員が毎週水曜午前中に店を出す。旬の野菜に手作りの漬物などが並ぶ。後継者が望まれているようだ。
 美都町は
ノーベル賞級の医者を輩出した。秦佐八郎博士(1873-1938)である。都茂の山根家出身。14歳で医家秦徳太の養子となる。ドイツ国立実験治療研究所のエールリッヒと共同でサルバルサンを発見。その後、北里柴三郎博士に師事。野口英世博士と同じ研究所にいたこともある。現在、生家の隣に白壁造りの「秦記念館」が建ち、周囲の紅葉が静かに博士の偉業を顕彰している。

文と写真・山根火土志(山根美神館・館主)

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